点评:石窟庵
新羅時代、金大城によって創建されたそうです。
前々から訪れて見たかった所の一つです。
駐車場から
かなり歩きます(20分くらいかなぁ)
雨の日などは、
行きにくいと思いました。
釈迦如来坐像などは新羅時代のままのようですが、
周囲の石組みやドームは後世に修復、追加再建、されたようです。
石窟庵の発見当時の写真が残されていますから、それを見ると違いがわかると思います。
正直な感想、もう少し坐像は大きくて、
洞窟の奥の方にあるのだろうと、勝手に想像していましたので、
お堂のような中にある坐像、
ちょっとギャップがありました。
朝鮮王朝時代、
崇儒廃仏の政策が取られ、
この山奥の石窟庵は忘れさられてしまったようです。
1909年に郵便配達員が雨宿りの為にこの山奥の洞窟に入り、仏像が再発見されたそうです。
なぜ忘れさられていた石窟庵の歴史がわかったのか…
高麗時代の僧侶、一然が書いた歴史書「三国遺事」に
仏国寺を創建した金大城が
前世の母のために石仏寺(石窟庵)も創建した
と書かれていたようで、
本の中に書かれていた石仏寺と言う幻の寺が、
この寺だ….と結びついたようです。
古い歴史書の持つ記録の力はすごいですね
この石窟庵を訪れる前に、
発見時の事や、
金大城の伝説と三国遺事を調べられてから行くと、
また違った感動になると思います。
翻译:石窟庵
据说是新罗时代由金大城所创建的。
这是我长期以来一直想去参观的地方之一。
从停车场出发后
需要走相当一段路(大概20分钟左右)。
遇到雨天之类的天气时,
感觉会很难前往。
据说释迦如来坐像等仍保持着新罗时代的原貌,
但周围的石砌结构及圆顶似乎是后世经过修复或重新修建的。
因为留有石窟庵被发现时的照片,
只要看看那些照片就能明白其中的差别。
说实话,我原本以为坐像会更大一些,
而且应该位于洞穴的更深处,
所以看到坐像其实是在类似殿堂般的空间里,
感觉稍微有些落差。
朝鲜王朝时期,
朝廷推行崇儒抑佛的政策,
这座深山中的石窟庵也就渐渐被人遗忘了。
据说1909年,一名邮递员为躲避雨势而进入深山里的洞穴,
这才重新发现了其中的佛像。
为何我们能知晓原本被遗忘的石窟庵的历史呢……
原来在高丽时代的僧人一然所著的史书《三国遗事》中,
记载着创建佛国寺的金大城
还为了前世的母亲修建了石佛寺(即石窟庵)。
书中所描述的那个被称为“石佛寺”的梦幻般的寺庙,
原来就是这里啊……似乎与此联系起来了。
古老的史书所具有的记载力量真是了不起呢。
在参观这座石窟庵之前,
如果先去了解一下它的发现经过,
以及金大城的传说和《三国遗事》的内容,
相信会带来不一样的感动哦。